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福岡地方裁判所行橋支部 平成6年(ワ)84号 判決

原告

内山竜太

右訴訟代理人弁護士

山本洋一郎

西畑修司

被告

福岡県

右代表者知事

麻生渡

右訴訟代理人弁護士

山田敦生

主文

一  被告は、原告に対し、金二二万円及び内金二〇万円に対する平成三年四月一六日以降、内金二万円に対する平成六年七月四日以降いずれも支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その八を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、一二〇万円及び内一〇〇万円に対する平成三年四月一六日以降、内二〇万円に対する平成六年七月四日以降いずれも支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告が福岡県立高等学校に在学中、教師から平手などで暴行を受けたとして、国家賠償法第一条第一項に基づき、被告に対して慰謝料等を請求した事案である。

二  争いのない事実

1  原告は、福岡県立豊津高等学校(以下「豊津高校」という。)一年在学中の平成三年四月一六日午後の体育の授業中に、同校グラウンドにおいて、体育教員である訴外森本正直(以下「森本教諭」という。)の指示により整列した直後に、森本教諭から右平手で顔面を四、五回殴打され、さらに再度右平手で顔面を四、五回殴打された。

2  被告は、豊津高校の設置者である。

三  争点

森本教諭の平手による殴打等が、懲戒行為として適法かどうか。

また、原告は精神的打撃を受けたといえるか。

第三  争点に対する判断

一  証拠(甲一の1、2、三、四、乙一の1ないし6、二の1、2、三、証人内山武、同森本正直、同上森哲生及び原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実を認めることができる。

1  入学から平成三年四月一五日までのことなど

原告は、平成三年四月八日に豊津高校に入学し、一年六組となった。

他方、森本教諭は、昭和六二年四月に豊津高校に赴任し、保健体育の授業を担当していた。森本教諭は、平成三年四月九日のオリエンテーションの際、同僚の先生から騒がしい生徒(原告である。)がいると教えられ、はじめて原告の顔を知った。

森本教諭は、平成三年四月一五日までに原告の所属する一年六組のクラスの体育の授業(授業内容はオリエンテーションであった。)を二時限ほど担当した。原告の授業態度は、私語をしたり、後ろに両手をついてのけぞったりあるいはあくびをしたりして真面目な態度ではなかった。

2  平成三年四月一六日の体育の授業中でのことなど

森本教諭は、平成三年四月一六日の午後の六時限目に原告の体育の授業を担当し、集団行動として一つの号令にしたがって皆が行進したり体操をする予定をしていた。

森本教諭は、一五分くらい生徒たちに準備運動をさせたあと、その場に四列横隊で生徒たちに腰を下ろさせて集団行動の要領説明を一五分くらいした。

原告は、森本教諭が右の説明をしているときには私語をしたり、あくびをしたり両手を後ろについてのけぞったりして森本教諭の話を聞いてない様子であった。そこで、森本教諭は何度か口頭で注意をした。原告は、注意された後しばらくは静かになるが、少し時間が経つと私語をし出すという態度であった。

森本教諭は、右の説明後に生徒たちを立たせて集団行動を実際にさせようとした。原告は立ち上がってからも私語をしたり、あくびをしたりしたので、森本教諭は「きちんとしろ」と注意した。ところが原告がふて腐れた態度をとったために、森本教諭は「何度も注意しているのに分からんのか」と言ってほかの生徒の見ている前で、右平手で原告の左頬を強く叩き、その後、往復で両方の頬を四ないし五回叩いた。

森本教諭が原告に「分かったか」と言うと、原告はなおもふて腐れた反抗的態度をとったので、森本教諭はさらに四ないし五回原告の頬をより強く叩いた。また、森本教諭は、原告のへそのあたりを足で押すような行動にも出た。

原告はその後は私語もなく、森本教諭は生徒たちに集団行動をさせてその日の授業を終えた。

3  森本教諭の授業後の謝罪等

原告は、森本教諭に平手で殴打されたことに立腹しまた非常に悔しい思いをした。

そこで、原告と森本教諭は、右の体育の授業後に激しいやり取りをした。原告は、森本教諭に対し、「教師が生徒を殴っていいのか。」「教育委員会に訴えたら、おまえもただではすまんやろうが。」「おれが一声かけたら二〇人から三〇人は集まるんぞ。」「おまえが教師でなかったら、ぶん殴っているところだ。教師を殴ったら、退学になるやろうが。」「謝れ。俺も男やけ、土下座して謝れ、謝ったら今日のことはなかったことにしてやる。」などとかなり激しく興奮して二〇分間くらい大声で迫っていった。

森本教諭は、自分もやりすぎたと反省して、「手を上げたことについては悪かった。」と頭を下げて謝ると、原告は引き下がり、その場はおさまった。

原告は、教室に戻ってから友人に顔が腫れていないかどうかたずねたが、「腫れていない。」「少し赤みがかっている程度だ。」との返事であった。

4  その後の豊津高校の対応等

森本教諭は、右のようにして原告と別れた後、体育教官室に戻り、右の状況を訴外久保正人体育主任(以下「久保体育主任」という。)や訴外上森哲生学年主任(以下「上森学年主任」という。)に報告した。

その後、久保体育主任と上森学年主任は、原告の保護者に右のトラブルを報告することとし、平成三年四月一六日夕方、原告の保護者方を訪れた。

ところで、原告は、森本教諭から体育の授業中に殴打されたことなどを父である訴外内山武(以下「内山武」ともいう。)に打ち明けていなかった。原告保護者宅を訪れた上森学年主任が、内山武に学校でトラブルがあった旨伝えた。しかし、上森学年主任の説明不足から、内山武は、その内容が十分理解できず、原告を呼んで質したところ、原告は「体操の時間にあくびをしたら叩かれた。」とのみ言うにとどまった。

内山武は、「叩いたらいけません。」と少し怒ったように述べたが、結局、上森学年主任の説明に理解を示した態度をとった。しかしながら、上森学年主任の内山武に対する説明は、森本教諭の原告に対する殴打等につき詳しく説明したものではなかったため、内山武の右の態度も森本教諭の原告に対する殴打等につきその内容を十分把握したうえでのものではなかった。

5  原告のその後の学校生活と退学等

原告は、その後の森本教諭の授業においては、授業中の私語もなく、特に問題となるようなことはなかった。

しかしながら、原告は、そのほかの授業中には私語も多く、平成三年六月二五日には「学校をやめたい。方針が窮屈」というようなことすらもらすようなこともあった。さらに、原告は、平成三年一〇月七日には、ほかの生徒と口論し暴力を振るったために、家庭謹慎の特別指導を受けた。また、原告は、平成三年一二月二八日から平成四年一月三日まで、家出をしたことがあった。このほか全般的に見て、原告の授業態度は、漫画本を開いたり、教材の準備を怠ったり、居眠りをしたり、私語をしたりして学習に対する意欲はなかった。のみならず、教師が原告を注意すると、感情的になって激しく反抗し、そのため授業も中断し、ほかの生徒の学習の妨げにもなった。結局、原告は、勉強不足のために、平成四年四月には二年生に進級できず留年となった。

原告は、平成四年四月からの二回目の一年生においても授業態度等は改まらず、成績も極めて悪いもので、追試験・再追試験の結果によっても豊津高校の規定によると再度の留年ということになった。そこで、原告及び保護者から原告の福岡県立修猷館高校通信制への転出願いが出され、その許可が出て、転出となった。

その後平成五年四月ころ、原告の保護者から、原告の追試験・再追試験の問題を恣意的に難しくしたのではないかとして原告の答案を開示してほしいとの申し出があり、正式な手続を踏んで開示したことがあった。

6  刑事告訴とその結果等

内山武は、前記答案の開示手続の際に、前記森本教諭の原告に対する殴打等の行為につきその内容を詳しく知るに及び、平成五年一〇月一三日森本教諭を暴行罪で告訴した。

その後、福岡地検小倉支部から平成六年三月三〇日付けで起訴猶予処分の告知が内山武に対してなされた。

二  判断

1 学校教育法第一一条は、「校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、監督庁の定めるところにより、学生、生徒、及び児童に懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることができない。」と規定している。

既に判示したところから明らかなように、森本教諭は二回にわたりそれぞれ四ないし五回原告を殴打したものでかなり執拗なものであったこと、森本教諭は原告の腹部付近を足で押すような行動にまで出ていること、殴打の態様は平手であるがその程度はかなり強いものであったこと、原告が森本教諭の口頭による注意を十分守らなかったからといって森本教諭が原告を殴打する必然性は当時の授業内容からしてなかったといえることからすると、森本教諭の原告に対する右の殴打等の行為は、学校教育法第一一条ただし書に定める「体罰」に該当することは明らかである。

そして、森本教諭の右殴打等の体罰は、その内容・程度等からすると教育上の必要を欠くものということができ、違法であることは明らかである。

2 損害について

(一)  慰謝料

森本教諭の原告に対して行った体罰の内容・程度、体罰に至る経緯のほか、同じクラスの生徒の面前で体罰が行われていること、しかし体罰の結果原告が負傷するまでには至らなかったこと、体罰後の森本教諭と原告とのやり取りの結果森本教諭が原告に謝罪していること、原告自身もそのころは森本教諭の謝罪を受け入れた様子がうかがわれること、森本教諭の右の体罰が原告のその後の高校生生活に大きく影響を及ぼしたとまではいえないことなどの事情からすると、原告の精神的損害を慰謝するには二〇万円が相当と考える。

なお、被告は、原告の留年、追試験の採点等に対する抗議内容などからすると、およそ三年前にさかのぼる森本教諭の体罰をあえて問題にした原告の本訴請求は、原告の努力の足りなさを棚に上げて豊津高校を逆恨みする動機に出たこじつけであると主張し、その結果原告には精神的損害はないと主張するもののようである。

なるほど、前記第三の一の5、6の各事実からすると本訴提起に至る動機についての被告の右主張もうなずけるものがある。しかし、仮に原告の本訴提起の動機が被告主張のとおりであったとしても、それは単なる動機に過ぎず森本教諭自身の原告に対して行った体罰自体を正当化する理由とはなり得ないことは明らかである。

(二) 弁護士費用

森本教諭による右体罰と相当因果関係にある弁護士費用相当額は、二万円と認めるのが相当である。

(裁判官横山光雄)

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